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弦楽四重奏聴き比べ <ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第15番> その① [ベートーヴェン:弦楽四重奏曲]

 

 今回からゆっくりとではあるけれど、「ベートーヴェン:弦楽四重奏曲全集を聴く」を連載する。計画通り、15番を採り上げることにする。

 好みだけを言えば、私はベートーヴェンの弦楽四重奏曲の中ではこの15番がそれほど好きではない。

 日本酒は甘口よりも辛口が好きだし、ラーメンや蕎麦の出汁もしょっぱくてきりりとしているのが一番好きだ。15番よりも14番、13番に惹かれるし、ラズモフスキーも1番よりは3番が好きだ。

 それでもこの曲が弦楽四重奏曲史においても屈指の傑作であり、ベートーヴェンが遺してくれた音楽の中でも人類の至宝の一つであることは疑いがない。「病癒えたる者の神への聖なる感謝の歌」という頭註のされた第三楽章、全体を支配する抒情。モーツァルトの交響曲第40番を思わせる哀愁ある甘美な旋律。ここには、楽聖だけにしかなしえない最高の音楽が輝いている。

 一番最初に採り上げるディスクは15番の数ある演奏の中でも名盤中の名盤とされる、ブッシュ四重奏団のSP復刻である。

1.ブッシュ四重奏団 Busch Quartett (rec. 1937) 韓国EMI

1st 9'10'' 2nd 6'46'' 3rd 19'33'' 4th 1'55'' 5th 5'58''

 ブッシュ四重奏団の演奏はその名声に恥じない名演である。聴くたびに懐かしさを覚える。彼らの素晴らしさは一楽章の冒頭からすでに全開している。古いヨーロッパ製の木製家具を思わせる肌触りの良い木質の響き、どこか憂いを秘めたドイツ的な硬質の引き締まった音色、けして古臭くならない哀愁漂うポルタメント、即興的な音楽の表情・・・。そういった彼らの美質が隅々まで漲っているのだ。

 旋律が抒情的であるからといって、けして甘美になりすぎることはない。融通無碍に音楽は展開し、悲愁や哀愁を漂わせながら、ベートーヴェン晩年の寂莫たる心象風景を音化することを忘れない。だからこそ、二楽章の中間部の神秘的な音楽が、怒れるベートーヴェンの魂の祈りとして聴こえるのである。それは孤独な祈りであり、モノローグであるかのように。

 三楽章の長大なモルト・アダージョも絶品である。音楽はいささかの途切れもなく、連綿と続き、果てしない。アルバン・ベルク四重奏団などの演奏で聴くと、この楽章の美しさは清らかな響きに満たされて浄化されていくような思いがするのだが、ブッシュ四重奏団の演奏はどこか沈み込んでいくような趣がある。そこから古き良き時代の情緒や温もり、ベートーヴェンの祈りを自分たちの祈りへと昇華していく演奏家の魂が聴こえてくる。人間味が溢れ出す。

 四楽章になるとリズムは即興的に処理され、語りかけてくるような趣がある。四角四面にならず、神韻飄々たる風情が漂う。音楽のリズムが崩れ、ヴァイオリンが訴えるシーンも情緒たっぷりでこぼれるようだ。

 五楽章はテンポが速く、旋律に隠された感情を波立たせながら、余計な思い入れをせずに、あっという間に終わってしまう。哀愁たっぶりの全曲をキリリと仕上げるところが心憎いが、私の好みからするともっと名残惜しげな感情を清らかに切々と歌っても良かったのではないか。それにしても、ベートーヴェンが書いた音楽を自分達の感じるまま、自分たちの音楽として具現していく姿勢には打たれる。

 私が聴いたのは韓国EMIからの復刻盤で、針音が幾分残されており、良好な音質を安価で聴くことができて大変助かる。本当なら、針音を一切除去せず、デジタル処理もCDに落とす一回限りにするべきである。そうすればもっともっとニュアンスがよくわかるはずだ。良い音質の録音なだけに切に望む。


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コメント 4

ビギナー

初めてコメさせていただきます。
「ベートーヴェンの弦楽四重奏曲を聴き込んでみたい」と一念発起し、「できることならば名盤で」と思っております。
候補としては、カペー、ブッシュ、バリリ、ブダペスト、アルバンベルクあたりを中心に考えているところです。
ところで、ブッシュ四重奏団のCD↓が発売されたらしいのですが、音質的にはどうなのでしょうか?
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2689510
SPやLPを復刻CD化された場合、なんとなく平板な音になってしまうケースがよくありますよね。
by ビギナー (2008-05-24 15:43) 

KITAKEN

ビギナー様

初めまして、コメントをどうもありがとうございます。

ベートーヴェンの弦楽四重奏を聴き込む、とても素晴らしい体験だと思います。できることならば、名盤であることも重要かと存じます。

カペーやブッシュは古い録音ということもあり、一番最初に手にとるのであればやはりバリリ(モノラルだがしっかりした音)やスメタナ(ステレオの再録音盤)が良いのではないかと存じます。

バリリやスメタナは、色々な名盤を聴いた後でも聴き衰えのしない解釈だと思っております。

ブッシュ四重奏団のCDの再発売盤ですが、こちらはARTによるリマスタリングで随分音が漂白され、音質についても良い評判を聴きません。

入手できるのであれば、CD初期のものや新星堂からかつて発売されていたもの、あるいはオーパス蔵などからの復刻を待つのが賢明かもしれません。
by KITAKEN (2008-05-25 17:43) 

ビギナー

アドバイス、有難うございます。
実は、既に(数年前)、カペー、バリリ、ブダペスト(新盤)、スメタナ(確か一番最後の録音)は持っているのです。
どうやら、特にスメタナ盤は、もっと昔の録音盤の方が演奏の質が高いみたいですね。
正直なところ、私にとって『弦楽四重奏曲』は、非常に取っ付きづらい分野で、これまで「聞かず嫌い」でした。
しかし、ベートーヴェンの『奥の院』とも云うべき、弦楽四重奏曲を聴かずしては、ベートーヴェンを深く聴いたことにはならないであろう・・・、と最近つらつら考えているところです。
貴兄の、『同曲異演盤の徹底比較試聴』を参考にさせていただきながら、少しでもベートーヴェンの芸術をより深く味わっていきたいと思います。
今後も、貴兄のブログ等を楽しく拝見させていただきますので、よろしくお願いします。
by ビギナー (2008-05-26 22:18) 

KITAKEN

ビギナー様

ご返事をありがとうございます。既にいくつかをご所有とのことで、ご同慶の至りです。

スメタナQについては、アナログ時代の、つまり60年代から70年代にかけての録音が一番良いとされています。私個人としては、全てが枯れきって、調和に重きを置いた晩年の演奏が好きです。

私も「聴かず嫌い」だった時代が長かったものですから、お気持ちがよくわかります。

私自身まだまだ初心者であり、取り上げていない演奏も含めて、比較試聴の旅はなかなか進みません。しかしながら、ビギナー様のような方がご覧になられていることを励みに、こつこつ更新していきたいと存じます。
by KITAKEN (2008-05-27 01:50) 

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