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ヤナーチェク:弦楽四重奏曲 第2番 「ないしょの手紙」 [ヤナーチェク:弦楽四重奏曲]

 ここのところ体調を崩して、本業の研究に戻れないでいる。家で安静にしつつ、音楽をかける。体調の悪いときに聴くヤナーチェクの弦楽四重奏曲は格別だ。それも第2番。スル・ポンティチェロ奏法(駒の近くに弓を当て、倍音の多い特異な音を出す奏法)が余計に体調を悪化させてくれること請け合いだ。

 もちろん、それは冗談で、ヤナーチェクの弦楽四重奏曲第2番は具合が悪いときにそう頻繁に聴く音楽ではないわな(ちなみに具合が悪いときほど、ベートーヴェンの音楽は心に染み入る。これまた不思議な話ではある)。

 ヤナーチェクはモラヴィア人であり、モラヴィアの民俗音楽など、民謡の旋法を抽出して作曲語法に用いてはいるものの、生まれてくる音楽は極めて現代音楽的な難解さを持っている。それもそのはず、バルトークの生年は1881年で、没したのが1945年。ストラヴィンスキーは1882年に生まれて、1971年に没している。ベルクは1885年に生まれて1935年には没しており、ヤナーチェクは彼らの先駆けと位置付けられるほどである。ヤナーチェクは1854年に生まれ、1928年にこの世を去っているのだ。

 現代音楽的である、とは言ったものの、どこかしら親しみを感じさせる土俗的な風情がある。弦楽四重奏曲第2番は「ないしょの手紙」という副題がある。人生の晩年に至って、親子ほどの年齢差の人妻に恋をし、その感情を音楽に封じ込めた。私小説と言っても過言ではない音楽であるはずが、少しもセンチメンタルではなく、現代音楽的抽象性を聴かせながら、そこにふわっと東洋風の香りを漂わせるという高級な芸術である。例のスル・ポンティチェロ奏法は老いらくの恋の切々たる告白ではないかと分析されることがあるけれども、本当のところはわからない。民俗的香りといっても、ボヘミアとはまた違う香りである。その東洋的な不思議な味わいは二楽章冒頭に顕著であり、四楽章はやはりヤナーチェクが民俗的伝統と現代音楽の間に立つ作曲家であることを思わせずにはいられない個性がある。

 私が聴くのはヤナーチェク四重奏団による演奏で、極度の透明感を獲得しながらも、感情をこめていく手腕が素晴らしい。この四重奏曲はめまぐるしいほどにテンポが激変するが、どんなに音楽が激しようとも、そしてヤナーチェク四重奏団が独善的なまでの奏し方をしようとも、表現の新鮮さと出てくる音楽の透明度とがそれらを一つの普遍的な音楽へと高めている。
 
 ヤナーチェクの音楽を評して、ある評論家が「母国の団体の演奏はぬるま湯に浸かっているみたいで面白くない」として、ハーゲン弦楽四重奏団の演奏を挙げていたけれども、こういう評論が一番粗雑で、そして信用が置けないものである。ヤナーチェク四重奏団の演奏を聴いて「ぬるま湯」とはとても思えないはずだ。となると、聴いていないのに全域適用的な評論をしている、ということになる。その評論家の意見はもはや信用できないことになるわけだ。 

 個人的には価値のない演奏などこの世には存在しないと思っている。自分の胸を打つか打たないか、しか基準はない。だから、比較試聴などをしても、それは自分探しの旅に過ぎない。万人を感動させる演奏を名盤と呼ぶのならば、それは神品であるか、よっぽど標準的な演奏か、というどちらかでしかないはずである。そのことがわかっていれば、軽率に、全域適用的な「ぬるま湯」などという発言はできはしまい。


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