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ブラームス:弦楽六重奏曲 第1番 変ロ長調 作品18 [ブラームス:弦楽六重奏曲]

 ブラームスを日頃楽しむことなどほとんどない。ブラームスの音楽にはどこか、雨の匂い、湿った空気、どんよりとした情念が渦巻いていて、悔恨や諦観といった感情に気が滅入ってしまうのだ。

 ショスタコーヴィチも暗い音楽ではある。しかしながら、ブラームスとの違いははっきりしている。

 ショスタコーヴィチの場合、懊悩、悲劇、諦観といった人間の感情の諸々は、極北にまで突き詰められ、そこでこの上なく純化してしまう。私はそこにショスタコーヴィチの精神の強さを見るのである。

 しかし、ブラームスが西欧音楽史上屈指の実力者であることは確かだ。曲想がどうであろうと、彼が身に付けた音楽語法、作曲の技法はドイツの古典的伝統に深く根ざしたものである。ロマン派の時代にあって唯一人、ブラームスだけがベートーヴェンの衣鉢を継ぐ後継者と呼ぶことができるように思う。

 ブルックナーとは終生不倶戴天の敵同士であったそうだが、私にはまるで鏡の前の同一人物のように感じられる。どちらの音楽もケルン大聖堂のような圧倒的な構築美を持っている。しかしながら、ベクトル(方向性)は真逆なのである。ブルックナーが人間的なるものを通り越してひたすら神の存する高みへと宇宙的な広がりをなしていくのに対して、ブラームスは人間の内面の小宇宙へと凝縮し、結晶化していく。

 ロマン派の時代にあって、このような両極の高みにある作曲家が火花を散らしたことが私には奇蹟のように思えてならない。

 当初は、ブラームスの弦楽四重奏曲を採り上げるつもりだった。しかし、あの観念の産物のような音楽を採り上げるにはいまだ準備不足だ。

 難解な楽想を持つ弦楽四重奏曲に比べて、弦楽六重奏曲はもっと万人に語りかけるような親しみが込められている。特に、第1番は名作だと思う。憂いや悲哀の香りを漂わせながら、メランコリックで優雅な曲想をもった名曲である。

 当時のブラームスは、師シューマンの妻クララへの深まる思慕の念と、若きソプラノ歌手アガーテへの恋情との間で揺れていた。アガーテとの間には結婚の約束までが交わされていた。しかし、ブラームスはアガーテのもとを去ってしまう。それが何故だったのかはわからない。

 この曲の第二楽章を聴けば、ブラームスはアガーテに対する感情の全てをこの楽章に封じ込めたのではないかと思うことだろう。身も世もないメランコリックな悲愁のため息と深い諦念は、晩年のブラームスに通じる味である。

 私が好んで聴くのは、ベルリン・フィル八重奏団の演奏(1966年録音、Philips)。

 第1ヴァイオリンはアルフレッド・マレチェックで、彼は戦後のベルリン・フィルを支えた楽員のひとりである。フルトヴェングラーの指揮のもと数多くの名演を聴衆の記憶に残したのだ。

 深煎りのコーヒーのような苦味を伴った弦の音色、優雅に漂う懐かしい旋律の美しさ、やがて悲愁と悔恨で満ちていく音楽を心をこめて演奏しているのがよくわかる。胸にじーんと迫ってくる演奏だ。 


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